捜査2課長に持たせた死刑のハンコ

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捜査2課長に持たせた死刑のハンコ

「死刑のハンコ」は法務大臣だけが言えるギャクだ。半端な芸人が口にしても面白くもクソもない。こんな珍言をものした当人はさぞかし愉快だったのだろうが、品位に欠ける愚劣な言い草はユーモアに値しない。大臣にまで昇りつめた驕りがそう言わせたのだろうが、どの場で誰に聞かせて笑いを取るのか、見極めのない幼稚さが命取りになった。

彼の旧姓は渡邉。「ナベツネとナカソネを足して2で割ったような詰まらない名前」だと自己紹介すると聞いたのは約30年前のこと。シニカルな自虐ネタを口にする捜査二課長だと記憶に残った。1990年の兵庫県警、筆者は社会部から出戻りの県警キャップ。刑事部担当の後輩記者がそのヒネくれたエピソードを教えてくれた。

着任早々、尼崎のスーパー長崎屋火災で目配りができなかったが、夏場を越す頃、捜査二課が“イイ仕事”に手を付けたので驚いた。といっても、阪神間の小規模な都市の市長選に絡む選挙違反事件なのだが、いささか気配が違った。何やらサンズイ(贈収賄事件)を掘り起こす気配がふんぷん、刑事部担当は勿論のこと、防犯担にもバックアップをさせ、キャップもしかと目を見開いて成り行きを見守った。

「二課長が現地を視察するといって、席を空けるようです」

刑事部担当は暫しの息抜きができると踏んだようだが、「アカン、アカン。そろっと後を付けてみんかい。工事現場なんかに立ち寄るようなら、工事名やら施工業者の銘板チェックやでェ」とケツを叩いたのが大正解。

飛びっきりのスーパーゼネコンではないものの、井桁のグループにこんな会社があったんかいなと改めて知る会社名。その銘板の前で車を停めて降り立つ二課長を遠目で確かめ、行き去った後で固有名詞や工事期間をメモって帰った記者の報告を聞いた。

「コレは大当たりかもしれんな。にしても、その二課長、脇が甘いというか、なかなかのおそ松くんやないか」

的が絞れれば調べは速い。発注工事や関連事項を取りまとめ、標的を定めて狙い撃ちである。6期24年で身を退いて、勲三等旭日中綬章を授かったばかりの前市長の逮捕は近い。週明け月曜の冷たい雨が降る早朝、小都市に君臨した大物が二課の手に落ちた。

「いやいやアレは賄賂じゃない。友人からの叙勲祝いだ」

200万円の現金授受を認めはしたが、趣旨が違うと弁解しておる。明日からウラ取りするけど、まあ逃げ口上やわな――同夜の県警本部長は上機嫌だった。自身も兵庫で二課長を務め、後に刑事局長となって暴対法を作り、警察庁長官となって出勤時に狙撃された人物である。当然ながら捜査を指揮する二課長のキレ味に話は及んだが、そこは書かずにおこう。

話は刑事部担当記者に戻る。彼はこの二課長が大嫌いなのだ。昼間は課長室でふんぞり返り、夜は山本通の警察官舎で夜回りの記者をなぶってはイタブリ回すイヤなヤツ。尋常な語彙では表現しきれない人格破綻者だという。

「そしたら今日は体調を崩せ。オレが代打で夜回りに行ってやる」

何とも殊勝なキャップだが、昔とった杵柄である。馴染みのOLD KOBEで一息入れて、ほんの十歩で官舎の階段。扉を開いてのけ反ってはいたが、何とか部屋に招じ入れてはくれた。万年床に胡坐をかいて、紙パックの赤ワイン。いかにも侘しいチョンガーだが、そいつばかりは致し方ない。その夜はさすがに破綻することはなかったが、馬脚を露わすまでに日を置くことはなかった。

帳場(捜査本部)を置けば連日の課長レクが続く。そこで提供された話が新聞ダネとなるわけだが、ある日、各紙揃って<選挙違反のカネを受け取った某会派の市議が現金をイチジクの根元に埋めて隠した>と報じたことから、各社が某会派から猛烈な抗議を受けるという事態となった。その夜の記者クラブで二課長の釈明会見が行われた。

イチジクはその都市の名だたる特産物で、地元の記者がそれらしい樹を探して走り回ったという。その実、イチジクではなく農作業用の小屋に置いたということで、隠したか置いたか、本質的には大差ないのだが、イチジクというのが余りにも面白く、若手も手ダレもすっかり騙された。普段の鬱憤が積み重なって、何でこんなことになるんだと、攻守ところを変えて記者連中がいきり立つ。

「まあ、間違うこともありますわね」気圧されたのか二課長の、隠忍の構えで受けたのはよかったが、つい綻んでホンネがこぼれた。

「いやあ、新聞なんて、どうせいい加減なことばかり書いているんだから・・・・・・」

「ナニを!いい加減とはどういう意味か!」ここに至ってキャップの出番である。言葉というより気魄で迫る。場は凍りつき睨める視線が火花を散らす。首をすくめて立ち上がった二課長が今日はここまでと踵を返す。

「コラッ、ワタナベ!逃げるンか、ワレは」立ち会っていた広報課員がオロオロととりなす仕草を見せるが罵声は止まず、振り返ることのない背中が廊下の奥に遠ざかる。襟首掴んで引き倒してもよかったがなあと言ってみせると、「頼むから止めといて」と課員泣き笑いが返ってきた。

とまあ、愚にもつかない昔話である。爾来30余年、ほとんど成長のない男のハナシだ。

旧姓を捨て、警察官僚の身分を捨てて政界に転身したとは知らぬことではなかったが、よもや法務大臣に昇り詰めるとは。8月の新聞で<法務副大臣や衆院法務委員長を歴任した法務行政のスペシャリストで、堅実な仕事ぶりには岸田首相も信頼を寄せる>という記事を見て、「どうせいい加減な」という新聞評もムベなるかなと妙に納得もした、が如何せん、行きつく策は案の定である。

<統一教会に抱き着かれ>も、<外務省も法務省も(捜査二課が踏み込むほどの)利権がないというのも彼一流の識見のつもりなのだろうが、所詮は<己の経験において>というナオ書きが付く。<鼻持ちならぬ>も<極刑に対する軽々しさ>も大ハズレ。そんなものを批判の基準として持ち出したところで、正当な評価はでやしない。世間は所詮、ギャグと戯れの場でしかない。

視野の狭い傲慢さだけが取り柄という男を娘婿にした一族の、華麗なる将来に帳が降りた悲嘆のほどを、悪趣味ながら知りたいものだ。(醒)

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